認知行動療法の進化について
認知行動療法とは
吃音のカウンセリングというと、認知行動療法がよく用いられます。
一般的に言われる認知行動療法とは、認知療法と行動療法の組み合わせです。
認知療法の源流は、論理療法(1955)で、うつに特化した形で認知療法が生まれました。(1960)
一方、行動療法は1950年からある、割と古い療法です。
その二つの弱点をお互いに補う形で生まれたのが、認知行動療法(1990)です。
論理療法の創始者 アルバート・エリスは「問題の源泉は思考・言葉にある。」と考えました。
少し難しいですが、論理療法は現象学という哲学の立場に立っています。
現象学とは、分かりやすく説明すると「現象を作り出すのは、人間の認識能力である」という考え方です。
(この辺、仏教の空の思想やアドラー心理学、NLPと近くて面白いです。)
人間は目で見る世界に住んでいるのではなく、目で見える世界をどう受け取っているか、その受け取り方の世界に住んでいる、という訳です。
論理療法では、ラショナル・ビリーフ(論理的な信念)とイラショナル・ビリーフ(非論理的な信念)の二つの受けとり方があり、その受け取り方が、事実に基づいているか?観察や説明が可能か?筋道が通っているか?を検証していき、非論理な場合は修正していきます。
つまり、主に感情に対してではなく、思考に対してのアプローチです。
行動療法は、条件付けなどの実験によって築かれた学習理論に基づいて人間の行動を変える方法です。
行動療法では、不適応行動などは適切な行動が学習されなかったり誤って学習された結果であると考え、学習理論に基づいて適切に行うことで行動が再学習されるとされています。
行動療法が生まれた理由は、フロイトの精神分析への反発です。
潜在意識など科学的ではない、目に見える行動こそ科学であると主張しました。
そして、人間は学習された生き物である考えます。
極端に言うと、人間もパブロフの犬などの実験動物と同じように扱うところがあります。
論理療法(認知療法)はクライアントに対して、指示的能動的に働きかけます。
行動療法は、あまり心や感情を重視しません。性格は反応の束という考えです。
つまり、認知行動療法は感情へのアプローチはあまり重視せずに、クライアントの思考や行動にアプローチするドライで父性的なカウンセリングと言えます。
対照的な来談者中心療法
それに対してまた新しい動きが出てきます。それが、人間性心理学派です。
この中には、来談者中心療法、ゲシュタルト療法、家族療法、交流分析などがあります。
名前の通り、行動療法に対して人間性を重視しています。
一方、よくカウンセリングで用いられる心理療法に来談者中心療法があります。
来談者中心療法は傾聴とも呼ばれますが、認知行動療法と比べて非指示的受動的です。
言わば、ウエットで母性的なカウンセリングです。
傾聴は、人や生命はもともとよりよく成長する力を持っている、周りからジャッジされない環境に置くと、ありのままの自分に目覚めその力が芽生えてくる、という考え方です。
だから指示的な事は基本的に言いません。
アプローチするのは感情に対してで、思考ではありません。
また、来談者中心療法の延長に「フォーカシング」があります。
フォーカシング(1942)は、自分の内側に感じられる「心の実感」から気づきを促す方法です。
何をどうするのか?は、身体の実感が知っているという考え方です。
来談者中心療法もフォーカシングも、言葉になる前の感情を大切にあるので、論理的な進め方はしません。
認知行動療法の第三の波
話を認知行動療法に戻すと、第一の波は行動療法。第二の波が認知療法を取り入れた認知行動療法となります。
この第二世代の認知行動療法は、かなり広く行われていますが、欠点がない訳ではありません。
それは、元々別のものだった認知療法と行動療法を組み合わせているため、いわばジグソーパズル的に認知療法と行動療法が点在している形になっています。そのため認知行動療法全体を体系化するのが難しく、発展の可能性が限られていると言われています。
そこで出てきたのが、第三の波と言われる新世代の認知行動療法です。
代表的なのは、マインドフルネス認知療法、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー),メタ認知療法、弁証法的認知療法などです。
これらの、第三世代に共通しているのが、マインドフルネスを用いることです。
第三世代の代表的な認知行動療法のACTでは、ネガティブな認知、思考、身体感覚を無理やり除去したり、修正したりするのではなく、それらの内的体験をありのままに受け入れるのが特徴です。
第二世代の特徴は、思考を検証し、修正するのに対して、第三世代は、思考はそのままにしておき、思考とのかかわり方を変えます。
それと、大きく違うのは、苦しみをなくそうとしないところです。
第二世代までの認知行動療法を含め、西洋の多くの心理療法は、苦しみを消したり、少なくすることを目的としてきました。
しかし、それでは限界が出てきたのだと思います。
苦しみやネガティブな思考を排除するのではなく、それは単なる「思考」として扱い、あまり影響を受けなくしたうえで、人生の目標に向かって
前にすすむ行動をとることを目的としています。
なぜ、苦しみを消したり、少なくすることを目的としないのか?の理由は、苦しみを無理に消そうとすると益々大きくなることがあるからです。
この辺は、仏教の「苦しみから逃げるのではなく、ちゃんと向き合い、よく知り、仲良くすること」の考えが影響していると思います。
吃音の治療においての認知行動療法
吃音の治療に於いては、吃音外来や言語聴覚士では、第二世代の認知行動療法が多いと思います。
認知行動療法を行い、不安を減らしながら言語訓練をしていく流れだと思います。
ただ、行っているところはなかり少ないと思います。理由は、耳鼻咽喉科の医師や言語聴覚士は、基本的には心理の専門家ではないからです。
最近では、一部ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)を行っていたり、マインドフルネスやセルフ・コンパッションを行っている
ところもありますが、数えるくらいしかないですね。
ただ、ACTの利点は、第二世代の認知行動療法は社交不安は減るけれど、吃音症状は変わらないのに対して、
社交不安も吃音症状も減ることです。(松岡理沙 武藤崇 2020)
早く、広まって欲しいと思いますが、ACTを行うセラピストは、自らもマインドフルネスを深く習得する必要があるので、
時間がかかるかもしれません。
まとめ
第一世代は、行動療法。
第二世代は、認知療法と行動療法を組み合わせたもの。
第三世代は、マインドフルネスの考え方がベースになっている。
第二世代は、思考の検証や修正を行うのに対して、第三世代はそのままにして、思考との関わり合い方を変える。
吃音の治療に於いては、第二世代は社交不安は軽減するが、吃音の症状自体には変化はない。
ACTは、社交不安と吃音の症状共に軽減する。です。