吃音カウンセリングと認知行動療法

先日Twitterのスペースである方々と話しをしていて、私のカウンセリングや元になっている廣瀬カウンセリングは認知行動療法に近いのでは?とご指摘をいただきました。
その時、私が以前所属していたセルフヘルプグループで、私より少し先輩のカウンセラーが、日本吃音・流暢性学会で論文を発表した時にも認知行動療法に近いと言われていたのを思い出しました。
その件について、スペースではうまく答えられなかったので、ブログに書いてみます。

結論から言うと、私の考えでは認知行動療法に近いかどうかは、半分合っていて半分違うと思います。

先ず、違うと思う方から私の認識を説明します。

認知行動療法とは、認知療法と行動療法の組み合わせです。
認知療法の源流は、論理療法(1955)で、うつに特化した形で認知療法が生まれました。(1960)
行動療法は1950年からある、割と古い療法です。
その二つの弱点をお互いに補う形で生まれたのが、認知行動療法(1990)です。

論理療法の創始者 アルバート・エリスは「問題の源泉は思考・言葉にある。」
と考えました。
少し難しいですが、論理療法は現象学という哲学の立場に立っています。
現象学とは、分かりやすく説明すると「現象を作り出すのは、人間の認識能力である」という考え方です。
(この辺、仏教の空の思想やアドラー心理学、NLPと近くて面白いです。)
人間は目で見る世界に住んでいるのではなく、目で見える世界をどう受け取っているか、その受け取り方の世界に住んでいる、という訳です。

論理療法では、ラショナル・ビリーフ(論理的な信念)とイラショナル・ビリーフ(非論理的な信念)の二つの受けとり方があり、その受け取り方が、事実に基づいているか?観察や説明が可能か?筋道が通っているか?を検証していき、非論理な場合は修正していきます。

つまり、主に感情に対してではなく、思考に対してのアプローチです。


行動療法は、条件付けなどの実験によって築かれた学習理論に基づいて人間の行動を変える方法です。
行動療法では、不適応行動などは適切な行動が学習されなかったり誤って学習された結果であると考え、学習理論に基づいて適切に行うことで行動が再学習されるとされています。

行動療法が生まれた理由は、フロイトの精神分析への反発です。
潜在意識など科学的ではない、目に見える行動こそ科学であると主張しました。
そして、人間は学習された生き物である考えます。
極端に言うと、人間もパブロフの犬などの実験動物と同じように扱うところがあります。



それに対してまた新しい動きが出てきます。
それが、人間性心理学派です。
この中には、来談者中心療法、ゲシュタルト療法、家族療法、交流分析などがあります。
名前の通り、行動療法に対して人間性を重視していますね。

論理療法(認知療法)はクライアントに対して、指示的能動的に働きかけます。

行動療法は、あまり心や感情を重視しません。性格は反応の束という考えです。

つまり、認知行動療法は感情へのアプローチはあまり重視せずに、クライアントの思考や行動にアプローチするドライで父性的なカウンセリングと言えます。

一方、私のカウンセリングは、来談者中心療法からフォーカシングの流れの中にあります。
来談者中心療法は傾聴とも呼ばれますが、非指示的受動的です。
言わば、ウエットで母性的なカウンセリングです。

傾聴は、人や生命はもともとよりよく成長する力を持っている、周りからジャッジされない環境に置くと、ありのままの自分に目覚めその力が芽生えてくる、という考え方です。
だから指示的な事は基本的に言いません。
アプローチするのは感情に対してで、思考ではありません。



フォーカシング(1942)は、自分の内側に感じられる「心の実感」から気づきを促す方法です。
何をどうするのか?は、身体の実感が知っているという考え方です。
私は、この「身体の実感」を自覚すると吃音が改善するという立場に立っています。

以上の理由で、認知行動療法と私のカウンセリングは源流となる思想や考え方アプローチする対象が違います。
同じ「分かる」ということに関しても、認知行動療法では「思考で分かる」のに対して、私やは「直観で分かる」のを重視します。
一見似ているように見えるかもしれませんが、似て非なるものだと考えます。




そして、もう一つの半分合っている部分についてですが、
これは、マインドフルネスに関することになります。



認知行動療法も進化していて、最近はマインドフルネスを組み込んだ第三世代の認知行動療法(ATC)が出てきています。
吃音においても然りで、ここ数年国内でも行われているようです。

実は数年前、同志社大学心理学部の論文の検証に参加しようとしたことがありました。
「成人期の吃音に対するアクセプタンス&コミットメント・セラピーによる心理・社会的介入の可能性」という論文です。
内容は、マインドフルネスを組み込んだ認知行動療法についての論文となります。
私はそのカウンセリングを体験したくて、クライアントとして応募したのですが、落選しました。(笑)
理由は、多分ほぼ吃音が改善していることと、カウンセラーだからだと思います。

その後、どうなったのか気にしていましたが、昨日調べたら論文が出てきて読むことが出来ました。
認知行動療法は、吃音からくる社交不安の低減、心理的な問題の軽減には有効です。
しかし、発話症状については改善傾向はあるが、有意差は認められないとのことでした。
これは、社交不安が低減したことにより、吃音が少し減ったということなのではないかと思います。
つまり吃音自体にはそれほど大きな変化はないということです。
これは、私が被試験者として面接を受けた時にも説明がありました。
認知行動療法では、発話症状の改善と二次的症状の改善の両立は難しい訳です。

そこで行われたのが、マインドフルネスを組み込んだ認知行動療法(ATC)です。
ATCでは、ネガティブな認知、思考、身体感覚を無理やり除去したり、修正したりするのではなく、それらの内的体験をありのままに受け入れるエクササイズを行います。
これは、私のカウンセリングの「内臓感覚的刺激を自覚する」「評価と課題を課さずにありのままの自分を自覚する」ことと同じだと思います。

驚いたのは、この論文で「レーズンエクササイズ」を行ったと書いてあったことです。
レーズンエクササイズとは食べる瞑想で、食べることに集中して自分を観察するという、欧米で行われているマインドフルネスの一種です。
私も、カウンセリングで食べる瞑想を行うことがありますし、「撮るマインドフルネス」と言って写真を撮るマインドフルネスをクライアントさんに実践してもらっています。
写真を撮る時は、その一瞬に集中し、過去や未来がないからです。
今に生きる感覚ですね。
実際、写真をよく撮る人はマインドも良いと思うし、吃音も改善している人が多いなという実感があります。
それと、先ほど「直観」を重視すると書きましたが、マインドフルネスは気づきを得られるものなので、そこも一致しますね。

フォーカシングの源流にあるものは、西洋哲学です。
マインドフルネスは東洋の仏教ですね。
西洋と東洋の叡智が近いところにあるのは、とても興味深いです。

以上が、マインドフルネスを組み入れた認知行動療法と、私のカウンセリングとの共通点です。


最後に引用したATCの論文のリンクを貼っておきます。
よろしかったらご覧ください。
http://pscenter.doshisha.ac.jp/journal/PDF/vol10/pp27-.pdf



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