吃音者が瞑想をする上で大切なこと

UnsplashJr Korpaが撮影した写真

マインドフルネスの成り立ち

吃音の改善にマインドフルネス瞑想が良いと良く言われます。実際に試したみた方も多いのではないでしょうか?
しかし「イマイチ効果が分からない」とか「続けるのが大変」と思っている方が多いような気がします。
しかし、マインドフルネスは吃音の改善に必須の要素だと思います。
そこで、マインドフルネス瞑想をする上で、何が大切なのか?を書いてみます。

「マインドフルネス」は、アメリカの医学博士、ジョン・カバットジンによって開発されました。
当初の目的は、慢性疼痛の治療のために「禅」が有効なのではないか?から始まったようです。
そこで、博士は8週間の「ストレス対処およびリラクゼーション・プログラム」を開発しました。
そこで使われるようになった言葉が「マインドフルネス」です。
その後、不安症やうつの改善に効果があることが実証され、脳科学や免疫学の分野でも実証されつつあります。
マインドフルネスや吃音との関係についてはマインドフルネスで吃音は改善する?をご覧ください。

私は、マインドフルネスについて、心理学の立場からと、仏教の立場から様々な本を読みましたが、
ジョン・カバットジンの書いた「マインドフルネスストレス低減法」が一番学びが多かったです。

「マインドフルネスストレス低減法」

この本がマインドフルネスの本質を突いているということは、本来マインドフルネスはストレスを減らしたり、痛みを取ったりする、単なるテクニックではないということです。
私は、吃音のカウンセリングにこの本を取り入れているので、いくつか抜粋して解説してみます。

ストレスを切り抜ける秘訣

「私たちは、外部の世界や自分の内部の世界での体験に対して、無意識のうちに自動的に反応して、莫大なエネルギーを浪費しているのです。
注意集中力を高めるということは、その浪費しているエネルギーを集めて利用する方法を学ぶということです。
そして、それによって、おだやかな安定した状態と深いリラクゼーションが得られ、心と体が癒されることになるのです。(中略)
また、恐怖心や孤立感に襲われるような状況でも、自分の内側からわいてくるエネルギーを有効に役立てることができるようになるのです。」

これを吃音に当てはめると、私たち吃音者は、外部からの刺激(人前で話す、電話に出るなど)に対して、自動的に反応(心臓がどきどきしたり、身体が固くなる、
呼吸が止まる、のどが締め付けられるなど)が出てしまいます。莫大なエネルギーを消費するとは、予期不安で必要以上に悩んだり、話すときに何とか言葉を出そうとしてもがくことです。
しかし、マインドフルネスを習得して、注意集中力を養うと、恐怖心に襲われる場面でも比較的冷静で自分を見失うことは少なくなります。

何もしないことを学ぶ

「彼ら(プログラムの参加者)が行っているのは、何もしないということです。そして一つの瞬間から次の瞬間への連なっていく、一つ一つの瞬間を自覚し、意識するために
一つ一つの瞬間に意欲的に集中しようとしているのです。彼らは、注意を集中するトレーニングをしているのです。
別の言い方をすれば、彼らは自分が存在することを学んでいるとも言えます。彼らは、何かをすることによって時を過ごすのではなく、意図的に何かをするのをやめ
今という瞬間の中で、自分を解放しようとしているのです。心に気がかりなことがあったとしても、体になにか不快感を感じていたとしても、その瞬間の中で、
意図的に、心と体に安息を与えようとしているのです。生きていることと、存在しているということの本質に踏み込もうとしているのです。
彼らは、何かを変えようとするのではなく、ただ自分のおかれているありのままの状況と共にその瞬間をすごそうとしているのです。」

難しいですね。(笑) これを分かりやすく説明するのは非常に困難ですが、マインドフルネスをある程度習得すると「あ、このことを言っているのだな!」と分かるときが来ます。
これが吃音に当てはまるのは、「何かを変えようとするのではなく、ただ自分のおかれているありのままの状況と共にその瞬間をすごそうとしているのです。」のところです。
吃音者は、どもったときに声が出ない状況を変えようとします。そしてもがき苦しむわけですね。マインドフルに対応するということは、変えようとするのではなく、
ただその瞬間を観察すること」です。つまり、ありのままを受け入れることです。
「そんなことをしたら、いつまで経っても声が出ない!」と言われるかもしれませんが、吃音は「どもりたくない」と思うからこそどもるので、
その瞬間に受け入れることができていれば、症状は最低限で済みます。マインドフルネスは、そのためのトレーニングです。
廣瀬先生のクライアントで、重度の吃音者が、いろんな方法を試したが効果がなく、諦めたとたんに治ったという話を聞いたことがあります。
多分、諦めた=ありのままを受け入れた、のではないかと思います。これはかなりハードは道のりだと思いますが、マインドフルネスはそれを体系的に自分のペースで習得できるのです。

「今」という瞬間だけがあなたの人生 

瞑想するときのように自分の心に注意を集中していくと、自分の心が、現在よりも過去や未来に思いをはせている時間の方がずっと長いことに気がつかれると思います。
つまり、実際に今起きていることについては、ほんの少ししか自覚していない、ということなのです。
そして、私たちは、今というこの瞬間を十分に意識していないために、多くの瞬間を失ってしまっているのです。
この無自覚さがあなたの心を支配し、やるべきことすべてに影響を与えるのです。
私たちは、自分のしていることや経験していることを十分に自覚しないまま、多くの時を自動操縦状態で習慣的にすごしているのです。」

今、ここにいることの大切さにも書きましたが、人の悩みはほとんど「過去の後悔」か「未来の不安」です。
悩みにどっぷりと浸かっている時は「今ここ」への意識が薄れています。
吃音者も、予期不安から始まり、どもっているときも「今ここ」への意識はかなり薄いはずです。
だから、吃音の治療でも「ウッパサーナ瞑想」で、今感じていることに注意を向けることが推奨されているのです。
また、どもりそうになっているときは、いわば「吃音モード」になっているのですが、これは自分の意思で体をコントロールできない自動操縦状態です。
自動操縦状態とは、別の言い方をすると「心ここにあらず」の状態です。皆さんは、何か考え事をしながら作業をして失敗したことがありませんか?
これも意識が「今ここ」にない状態です。
発話というのは、何を言うか?に関してはその瞬間に考えますが、発話のプロセス(呼吸や筋肉の動かし方)は自動化されています。
これは自動操縦状態になりやすい状況だと言えます。イップスやジストニアもこれに似ています。
マインドフルネスは自動操縦状態から抜け出す方法を提示しています。

無意識が自分を見失わせる

「たとえば、夕陽が沈む光景を見ているとします。あなたは雲間に展開する壮大がな光と色の演出に感動しますが、だからといってその光景に完全に没頭しているかというとそうではありません。その瞬間は、たしかに目に映る光景だけを見て、その光景を受け入れています。ところが、すぐに、一緒にいる人にその光景を描写してみせたり、美しさに感動したことや心に浮かんだことなどを話し始めたりします。いってみれば、あなたはその瞬間のストレートな体験を台無しにしてしまっているのです。そして、自分の思いを声に出して話したいという衝動にかられ、結局は、あなたの話し声が静寂を壊してしまうのです。たとえ声に出してしゃべらなかったとしても、わきあがってきたさまざまな思いや記憶が、その瞬間の目の前の光景からあなたを引き離してしまいます。あなたはもはや、実際の日没の光景を楽しんでいるのではなく、頭の中の日没を楽しんでいるにすぎないのです。」

「頭の中の日没を楽しんでいるにすぎない」とは、過去に見た記憶から脚色された体験をしているのであって、リアルな「今ここ」の体験ではないということです。
これを吃音に当てはめると、ほとんどの吃音者は、どもっているときにリアルな現実を体験しているのではなく、過去の記憶(恥ずかしい思いをした)で脚色された体験をしているにすぎないということです。過去の経験を体験するから、その時の状況が条件反射として再現されてしまうわけです。

自分を見失っていることに気づく

「心の中を許容範囲以上の不満足感や無意識が支配するようになると、おだやかなリラックスした感じは味わえなくなります。その代わりに、分裂した感じや追い込まれる感じにさいなまれるようになります。ああこうだと考え ああしたい、こうしたいと思うようになります。
ところが、こうした想念は互いに矛盾しあい、その結果、何かを行う能力を大きく狂わせてしまいます。こんなとき、私たちは自分が何を考えているのか、何を感じているのか、何をしているのかわからなくなっているのです。さらに悪いことに、私たちは、自分がわかっていない、ということにも気づくことが出来なくなっているのです。」

吃音者は、どもっているときは「頭が真っ白」という人が多いです。つまり、吃音を受け入れず、ああこうだと考え ああしたい、こうしたいと思うので、自分が分からなくなっている状態です。

「マインドフルネス瞑想法を始めると、自分が自分について何も知らない、ということがわかるようになります。注意集中力を養うのは、人生のあらゆる問題が解決できる答えを発見するためではありません。むしろ、曇りのないレンズを通して、問題をよりはっきりと見るためなのです。」

大事なのは、曇りのないレンズを通して、問題をよりはっきりと見ることです。一部、吃音の臨床で「マインドフルネスで注意をそらす」治療をしてるかたがいらっしゃいますが、それで治ればそれに越したことがありませんが、私は反対です。人の心理として、注意をそらすことは、逆に吃音に注意が向く可能性があるからです。小手際のテクニックではなく、、問題のありのままを観察して受け止める力をつけることが必要だと考えます。

体からのメッセージを感じ取る

自動操縦状態におちいると、私たちは、非常に大切なものを見失ったり、無視したり、見過ごしたりして、それをコントロールできなくなってしまいます。
その大事なものというのは、自分の体です。私たちは、ふだん、体がどう感じているかといいうことについてはほとんど意識していません。(中略)
その結果、体が、環境や、自分の行動や、思い込み、感情などにどれだけ影響を受けているかということがわからなくなっています。(中略)
なぜだかわからないけれど自分の体がコントロールできない、ということになってしまいます。」

私がカウンセリングで、どもっているときの身体感覚を感じるようにしているのは、これが理由です。
自動操縦状態=体がコントロールできない、状態です。そこから抜け出すには「今ここ」の身体感覚を観察すること、それもさきほどの夕陽を見るように、頭の中ではなくリアルに感じることです。すると治癒力が発揮されて、ひとり言のように自然に発話ができる状態に近づいてきます。

瞑想を始めるにあたって

「意識を開発するうえで必要なのは、注意を集中し、ものごとをありのままに見るという態度なのです。何かを変えなければならないというわけではありません。
治癒力を開発する上で必要なのは、事態を切り離すのではなく、まるごと受け入れるという態度なのです。いずれの場合も強制することができません。
これは、自分自身に眠りを強制することができないのと同じです。自分が眠れるコンディションにもっていって、初めて眠ることができるのです。
リラックスする場合でも同じことがいえます。意思の力で強制したところで、うまくいくはずがありません。リラックスするように必死で言い聞かせても、緊張と欲求不満を高めるだけで逆効果になってしまします。」

カール・ロジャーズは「何をするか?」ではなく「どうであるべきか?」と言いましたが、これと共通していると思います。
様々な吃音改善法や、治療を受けたけど効果を感じない人は、ここが欠けている可能性があります。
吃音も、意思の力で強制できません。自分が眠れるコンディションにもっていって、初めて眠ることができるように、吃音も自分を変えてコンディションを作る必要があるのです。

自分で評価をくださないこと

「私たちは、目に映るほとんどすべてのものに対して、心の中でレッテルをはり、分類づけをしています。(中略)
このような、自分の体験を分類し、評価をくだすという習慣によって、私たちは機械的な反応しかできなくなってしまっています。(中略)
このような評価が私たちの心を支配していると、心の中の安らぎを見出すのはむずかしくなります。(中略)
ストレスをより効果的にとり除く方法を見つけるには、まず自分が評価を機械的にくだしているということに気が付かなければなりません。この点に気が付けば、自分の抱いている偏見や不安を見抜き、その支配力から自分を解放することができます。」

吃音者は「自分が吃音だからだめな人間だ。役立たずだ。」などと、常に自分を機械的に評価しています。それが吃音をさらに悪化させます。
自分が「今評価していたな!」と気づくことにより、その支配から抜け出すことだできるのです。

受け入れるということ

「受け入れるということは、ものごとを、今あるがままに見るという意味です。頭が痛いなら、頭が痛いということを受け入れ、太っているのなら、それが今のあなたの体だということを受け入れるのです。(中略)太っていて、自分の体が嫌だと感じている人が、思うような体重に減らしてから、自分の体や自分自身を好きになろうとするのは間違っています。
もし、あなたが、本当に欲求不満の悪循環を断ち切りたいと思うなら、今の体重のままの自分を好きになるべきなのです。なぜならば、自分を好きになれる瞬間は今しかないからです。(中略)あなたも、変化してからの自分ではなく、今あるがままの自分を受け入れるようにしてください。このように考えることができるようになると、減量もたいした問題ではなくなってきます。そして、結果的に、とても簡単にできるようになるのです。意識的にものごとを受け入れるということは、癒しへの前提条件なのです。」

吃音は刺激に対する反応ですが、刺激を受け入れられずに過剰に反応することによって、吃音は悪化します。「環境調整」は刺激そのものを小さくしようという試みですが、
マインドフルネスは同じ刺激でも受け入れることによって反応を小さくすることができます。このダイエットの話しと同じく、受け入れることができれば、吃音の問題は小さくなります。

まとめ

マインドフルネスは様々な分野に取り入られ、その効果が証明されていますが、本来瞑想とは目的を持たないものです。
つまり、吃音を治したいからマインドフルネスのトレーニングをする、では効果が限定的で、そのようなアプローチをしているかたは、多分続かないでしょう。

マインドフルネスの取り組み方で大事なのは
①自分で評価をくださないこと
②忍耐づよいこと
③初心を忘れないこと
④自分を信じること
⑤むやみに努力しないこと
⑥受け入れること
⑦とらわれないこと
です。
大切なことは、この本に書いてありますから、興味のあるかたは是非読んでいただきたいと思います。

マインドフルネスストレス低減法



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