吃音になる原因。
吃音の原因はまだはっきりとは分かっていませんが、最近の研究によって、吃音者は脳に異常があることが分かっています。
脳の発達段階で言語関連の部分に異常があり、脳の発話に関する神経回路がうまくつながらず、発話の信号と実際の動きにタイミングのズレが発生してしまうため、症状が出てしまうとされています。その結果、
①脳のワーキングメモリーの割り当て方が健常者と異なる。
②発声時の声門下圧に関し、吃音者は発声が遅れる。したがって、強烈な加圧が発声の前に落ちてしまうなど、声門加圧が不安定。
③発話関連運動野とブローカー野や大脳基底核との接続神経線維減少がある。
④吃音者は流暢な発話においても喉頭に乱れがある。呼気にコントロール不全があり、呼吸関係の制御が遅れると非流暢性が生じる。
「吃音発症における遺伝子のエピジェネティクス変化から考えられた吃音治療」より。
などの症状が出ます。この脳の神経接続の異常は「内的タイミング障害」と言われ、脳の信号と発話の動きのタイミングが合わないのが、
吃音の原因である可能性が高いです。(ちなみに、吃音は、最初の音が出にくい障害だと思われていますが、最初の音と次の音との流暢性を欠く障害です。
最初の一音だけなら、どもらずに言えます。例えば、りんごの「り」だけなら、どもらずに言えます)
では、果たして脳の異常なら治らないのでしょうか?
幼児の吃音と成人の吃音は大きく違う。
幼児の吃音は、リッカムプログラムやDCMなど、比較的有効性のある治療法があります。幼少期は脳の成長の柔軟性が高いので、適切な対応を取ることで自然回復も可能だからです。
しかし、成人の吃音には、医学的には確立した治療法がまだありません。
なぜかというと、同じ吃音でも、幼児と成人ではかなり違うものだからです。
吃音について(国立障害リハビリテーションセンター研究所)
こちらのサイトでは、発達性吃音の要因として、
体質的要因(子ども自身が持つ吃音になりやすい体質的な特徴)
発達的要因(身体・認知・言語・情緒が爆発的に発達する時期の影響)
環境要因(周囲の人との関係や生活上の出来事)
が、お互いに影響し合って発吃する。*体質的要因(遺伝的要因)の占める割合が8割程度という報告もある。
と、書かれています。
現時点では、まだわからないことが多いですが、吃音になりやすい体質で発吃し、発達性要因と環境要因によって、進展していくと考えるのが妥当でしょう。また、体質的要因(遺伝的要因)の占める割合が8割程度と聞くと、治らないと思ってしまうのも仕方ないと思います。
ただし、これは時系列で考えなければいけないと思います。つまり、体質的要因が多い時期と、発達性要因、環境要因で吃音が進展(悪化)した結果の時期とは、別に考えるべきです。
今のところ仮説ですが、幼児の吃音は、遺伝子の異常、脳の神経系の接触不良からくるものが大きいことは分かっています。つまり、体質的要因が大きいのです。
しかし、成人の吃音は、過去の経験に対しての心理的反応です。過去に吃音でいじめやからかいにあったときや、どもってはずかしい思いをしたときの刺激に対しての、条件反射として、吃音症状という反応が出ます。
つまり、幼児の吃音は体質的なもの、成人の吃音は心理的な要因が大きいと言え、その治療法も違ってきます。
一次吃音と二次吃音。
この表は、「第120回日本耳鼻咽喉科学会総会シンポジウム」吃音(どもり)の評価と対応 国立障害者リハビリテーションセンター森 浩一からの抜粋です。
以下はこの論文からの抜粋です。
発達性吃音は8歳頃を境に,幼児吃音(1次吃音)とそれ以降の吃音(2次吃音)に区別される14)(表3).1次吃音は,上述のように脳内の発話関連領域間のが不十分なために,長い単語や文の発話など,言語的負荷が高い状況,あるいは興奮やストレスによる認知・心理的負荷が高い状況で症状が出やすい.これを,「発話欲求にくらべて言語能力や遂行機能の発達が不十分なために,吃音が出やすくなる」と捉えられる(Demandsand Capacities Model : DCM).これに基づき,発話要求(負荷)を下げることで流暢性を増す治療も行われる.年齢とともに発話能力と,情緒反応をコントロールする能力やワーキングメモリの遂行機能等が発達し,幼児の吃音は,多くが発吃から3~4年までに自然治癒する1).3歳頃から非流暢性の自覚が出現し始めるが,幼児期には吃音による困り感はほとんどない。8歳頃には構音機能が完成し,発話運動が自動化するため,独り言など,認知負荷が低い状況では吃りにくくなる.しかし,脳内の脆弱性は残存しており,速い発話や不安・緊張などで認知負荷が上がると吃りやすい.さらに,人前で話す時に吃らないようにと苦手な音(特に語頭)を過度に意識し,力を入れるなど,間違った方法で発話をコントロールしようとしてかえって非流暢になったり症状を強めることがあり,さらに努力するという悪循環が生じ,習慣化する(2次吃音)
(抜粋はここまで)
幼児の場合は、発話能力がまだ未完成のため、長い単語や文の発話など,言語的負荷が高い状況ではどもりやすく、また、感情をコントロールできないため、言いたいことに対して、発話能力が追い付かず、どもってしまうことが多いのです。だから、単語を短くしたり、環境を改善したりして発話の負荷を下げるようにする指導が行われます。また、この段階では悩んでいないことも重要です。
成人に近くなってくると(この論文では8歳頃となっています)発話能力はほぼ完成し、心理的負荷のない状況(ひとり言、斉唱)などではどもらなくなります。しかし、心理的な悩みや、条件反射は残っていて、過去に嫌なことがあった場面(大勢の人の前で話す。電話をする。自己紹介で名前を言う。など)に再び出会うと、その時に起こった反応(吃音の症状)が思い出されて、同じ症状が繰り返されることになります。当然本人は悩んでいます。
二次吃音はジストニアに近い。
この表の、「原因(仮説)」の欄で、一次吃音は遺伝子異常→神経系の接続不良→調音運動の困難。二次吃音は一次吃音に対する反応,もがき,不適切な対処,情緒反応,条件付けで獲得された行動,局所ジストニア,認知の偏り。と記されています。
この中で、局所ジストニアとありますが、私は成人の吃音は体質的なものよりも、ジストニアの要素が大きいと思います。
ジストニアとは、筋肉が異常に緊張してしまう病気で、よく知られているのが「眼瞼けいれん」「痙性斜頸」そして「書痙」です。
野球で球が投げられなくなってしまう「イップス」も、一部はジストニアだと言われています。
ジストニア自体も、体質的要因があると言われたり、様々な考え方があるので断定はできませんが、「書痙」は字がうまい人がなりやすいので、まわりからどう思われるか?を気にすると字が書けなくなる。吃音もまわりからどう思われるか?を気にすると話せなくなるところは同じだと思います。つまり、心理的要因なのです。書痙と吃音の関係については、こちらに書いています。
一次吃音と二次吃音の治療の違い。
一次吃音に関しては、先述したようにリッカムプログラムや言語要求を下げるDCMなどは、有効性が比較的高いですし、よく行われています。
問題は、二次吃音ですが、先ほど述べたように心理的要因が大きいので、随意吃.斉読.スピーチ・シャドーイング.話速低下.吃音緩和法.流暢性形成法を用いても効果は限定的です。つまり、病院や言語聴覚士の前ではうまく使えても、実際には心理的反応が邪魔をして、頭が真っ白になってしまうケースが多いのです。
成人の吃音が、治らないと言われるのは、これが原因です。
また、吃音の治療にあたるのは、主に耳鼻咽喉科の医師や、言語聴覚士で、心理の専門家ではありません。最近は、低強度認知行動療法を用いた治療があるようですす。この療法は、心理の専門家でなくても行える療法ですが、これでも実施している病院はなかり限られますし、この方法では、社交不安の減少は期待出来ますが、症状の軽減は難しいでしょう。
成人の吃音(二次吃音)は、吃音に詳しい心理の専門家が対応するのが一番よいと思います。
では、心理の専門家が、どのようなカウンセリングを行うのがよいのでしょうか?
具体的なカウンセリングの方法について
私のカウンセリングでは、マインドフルネスを使った吃音改善のカウンセリングと、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)やセルフコンパッションを平行して行います。
吃音改善のカウンセリングは、廣瀬カウンセリングとマインドフルネスの考え方を基礎としています。
廣瀬カウンセリングについてはこちらの論文をご覧ください。
グループカウンセリングを通じた吃音の克服について。「廣瀬カウンセリング」の取り組み。
(論文ではグループカウンセリングについて記述されていますが、個別カウンセリングでも可能です。)
なお、私は2015~2021年廣瀬カウンセリングのカウンセラーでしたが、その後独立し、現在はカウンセリングの交流はありませんので、このサイトに記述している「廣瀬カウンセリング」とは、私が在籍中に学んで行っていたカウンセリングになります。
マインドフルネスとは、過去や未来、先入観や思い込みにとらわれることなく、目の前の現実に集中して、ありのままを受け入れる心の状態やトレーニングのことです。
ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)は、マインドフルネスを組み込んだ第三世代の認知行動療法です。
ACTは科学的に研究され、さまざまな症状(不安、うつ病、強迫性障害、対人恐怖症、全般性不安障害、統合失調症、境界性パーソナリティー障害、職場でのストレス、慢性の痛み、薬物使用、癌に対する心理的な適応、てんかん、体重管理、禁煙、糖尿病の自己管理など)に効果があると認められています。
最近は吃音の臨床にも取り入れ始めていて、社交不安障害や吃音の症状自体の軽減も報告されています。
成人期の吃音に対するアクセプタンス&
コミットメント・セラピーによる心理・社会的介入の可能性
ACTで重要なのは、価値のある行動をとることです。
人生はなかなかうまくいきませんが、自分のコントロール出来ないものは受け入れ(acceptance)人生を豊かにする行動をとることを
自己決定する(commitment)するセラピーです。
アクセプタンスは、つらい思考や感情に効果的に対処し、そこから受ける影響が小さくてすむような心理的スキルを整える。つまりマインドフルネススキルです。そして、本人にとって本当に重要で意味のあること、その人の価値を明らかにするのを助ける。
そして、その価値に導かれ、動機づけられ、触発されながら目標を設定し人生を豊かにする行動をとることです。
吃音改善のカウンセリングとACT、セルフコンパッションは、共通点が多くありますが、吃音の克服を目的とするカウンセリングに対して、ACTやセルフ・コンパッションは苦しみがあってもしなやかに受け止め、有意義な人生を送るようになるためのカウンセリングです。
私は、この三つを組み合わせることによって、お互いの良いところを引き出し、吃音を克服するしなやかな心と、吃音症状の改善の両立するカウンセリングを行います。
カウンセラー詳しい内容については、ブログをご覧ください。
吃音の改善は可能。
このページのタイトル「吃音は治るか治らないか」については、私の経験からすると、完治するのは難しいですが、改善は十分可能です。
時間としては、かなり個人差はありますが、社交不安の軽減に1~6か月。吃音症状の軽減は6~12か月くらいです。
カウンセリングの初期は、出来れば週一か毎月2回くらいの方が効果はあります。
徐々に回数は減らして、ご自分で対処できるようにワーク(主にマインドフルネス)をお願いします。
ご希望があれば「マインドフルな吃音の会」という、グループカウンセリングへの入会をおすすめしています。
あなたが吃音の改善と共に素晴らしい人生を歩むことを願っています。
(このサイトでは、「治療」という言葉が出てきますが、厳密には、治療とは医師が行うもので、カウンセリングは「支援」と呼びます。)