ひとりだとどもらないのはなぜ?

ひとりでも吃音の出る人はかなり少ない

ほとんどの吃音者は、一人の時は吃音の症状は出ませんが、全くいない訳ではなく
独り言でも吃音の症状が出るかたはいらっしゃいます。
ただ、割合としてはかなり少ないと思います。
斉読(声を合わせて読む)でも吃音は出にくいですね。
吃音は遺伝的要因が大きいと言われていますが、そうであるならばどんな時でも吃音が出るはずでは?と、私は疑問に思っていました。
以前学んだ吃音のカウンセリングでは、吃音は条件反射と説明し、条件(人前で本を読むなど)に対して、反射(吃音が出る)と説明していました。
これだと、一人の時は条件がないので、吃音という反射は起こらないのですね。
なので、このカウンセリングでは一人の時は吃音は出ないという前提でした。
でも、実際は少ないですがいらっしゃいます。

その疑問を何人かの研究者にお聞きしたのですが、この分野の第一人者である森浩一先生から
ご丁寧な返事をいただきましたので、その内容について書きたいと思います。

Demands and Capacities Model (DCM、要求・能力モデル)

吃音は、遺伝的な影響で脳の機能が低下する。
専門的にはdemands and capacities model (DCM、要求・能力モデル)
という考え方があって、言語ならびに認知的な要求(負荷)を下げれば、発話能力が低くても普通に話せるというように考えられている。
なので、要求と能力の大小関係によって、つまり発話状況や環境によって、症状が出やすかったり出にくかったりする、というのが、吃音の研究の専門家に一般に受け入れられている考え方。

人によっては独り言でもどもったり、斉読ができない人もいるが、
これらはcapacities(能力)が小さため、一般には認知負荷(demands)が低いと思われる状況でも、うまく話せないのだと解釈されている。

言語システムは複雑で、いろいろなシステムが絡み合っているので、例えば人の言うことを復唱するというのは復唱のための脳回路があって、あまり大きな負荷がなく実行できるようになっているので、症状が出にくい。
斉読の場合は、他の人と声を合わせるという能力が人にはあるので、その能力が補助的に使えるということと、自分の音読を人に聞かれるのではないかというような心配がなく話せることができるということでは、心理的負荷も減る。
また、独り言の場合は、他人に聞かせるための気遣いなどの心理的な負荷が少なくなるので、DCMで言う、demandが減るために、どもりにくくなる。
成人では、他の人に吃音を知られたくないなどの心理的な負荷が「要求」のかなり大きな部分を占めると思われる。

以上が、お答えいただいた内容です。


DCMについては一応知ってはいましたが、こういう解釈の仕方をするのだなと思いました。
つまり、遺伝的要因でその人の発話の能力はある程度決まっていて、それに対してどのような要求(負荷)があるかによって、症状が出たり出なかったりするという考え方なのですね。
(もしくは能力を上げたり、要求を下げたりすることもDCMと呼ぶこともあります。)
私が疑問に思った「独り言や、斉読では症状が出ない」ことは、多くの吃音者にとって、負荷が少ない状況だと言うことですね。

これはこれで納得しましたが、何が「要求」なのかついて、ざっくりとしすぎているので
個人的には「なぜひとり言では吃音は出ないか?」については条件反射の方が説明がしやすいと考えています。

また、遺伝的な影響で脳の機能が低下することについては、幼児の吃音については当てはまりますが、
成人の場合は言語機能自体はほぼ問題なく、心理的な要因の方が大きくなっていますので、別の吃音と考えた方がよさそうです。
それについては、あまり知られていない、一次吃音と二次吃音の違いをご覧ください。
こちらも、森浩一先生の論文が元になっています。

ひとりでも吃音が出る人の特徴

一人でも症状が出る人は、少ないですが今までカウンセリングさせていただいたことがあります。
実は共通点があって、それはうつの症状があることと、必死になって一人で音読の練習をしたことです。
うつの状態で音読の練習をすると、本来一人では症状が出ないのに、悪いイメージを持ちながら練習するので
一人でも症状が出て来ることがあるのではないか?と考えています。
一人で発表などの練習をする場合、大体人前で話すことをイメージしながら練習します。
もし、そこで吃音が出た場合「一人でも出るのではないか?」と不安になり、一人でもその不安がよぎると吃音が出てしまうようになる。
それが「条件反射」となり定着する。という訳です。
なので、私は心理的なトレーニングをしていないかたに、練習はおすすめしていません。練習(言語訓練)はあくまで心理的トレーニングとセットです。
(これは、最近の研究でも正しいとされているように思います。)

リラックスしすぎていても吃音が出ることがある

また、仕事では大丈夫なのに、家族の前にリラックスしている時に症状が出る人もいますね。
これは、DCMでは説明しずらいのではないでしょうか?
アナウンサーの小倉智昭さんは、仕事では症状が出ないのに、家で奥さんの前では出るそうですね。
私も、緊張の度合いと吃音はあまり関係なくて、父親の前で一番吃音がでますし、
以前のクライアントさんにも、外ではほとんど症状は出なくて、家でだけ吃音がでる方がいらっしゃいました。
緊張が解けた時に、どもるかたもいる訳です。
これは条件反射でも、ちょっと説明しずらいです。通常は家族と話すことが何らかの条件付けになっているとは思えないからです。

これは、九州大学病院の菊池良和先生の説明が一番しっくりときます。
「吃音の原因は緊張ではなく、話始めのタイミング障害。(脳の信号系の接続不良)リラックスしたときは、自分のタイミングで話そうとするから、吃音も出やすい。」
そして、緊張がある一定以上高くなると、今度は心理的負荷がかかって、また吃音がでやすくなります。
つまり「その人にあった適度な緊張のときが、一番吃音が出にくい」と考えられます。

遺伝的要因は変えられなくても、心理的要因は変えられる

森先生からの返信で、注目したいのが「成人では、他の人に吃音を知られたくないなどの心理的な負荷が要求のかなり大きな部分を占めると思われる。」というところです。
つまり、「吃音を知られたくない」を「知られてもよい」(受容)に変えていけば、負荷がかなり減るので症状が出にくくなると言うことですね。
遺伝的要因は変えられないとしても、心理的な要因は変えられますから、吃音の改善は可能性はあると考えてよいと思います。
{遺伝や脳の機能の問題も、遺伝子が後天的に変化する(エピジェネティクス)や、脳の可塑性を考えると、改善の可能性はあると思います。)
お忙しい中、丁寧にお答えくださった森先生、ありがとうございました。

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