あまり知られていない、一次吃音と二次吃音の違い。

Stephane VERNEYによるPixabayからの画像

幼児の吃音と成人の吃音は別物。

ネットで「吃音 治療」と検索すると、「吃音は確立された治療法がないが、症状を和らげる方法がいくつかある。」と出てきます。これは一般的にもよく言われていることだと思います。ただ、成人の場合、治療を受けても効果がなく、諦めている人も多いという実感があります。果たして、成人の吃音には、有効な治療法は本当にないのでしょうか?

私はあると思います。有効な治療を受けられないのは、幼児の吃音と成人の吃音の本質的な違いを混同している人が多いからです。

吃音について(国立障害リハビリテーションセンター研究所)
こちらのサイトでは、発達性吃音の要因として、

体質的要因(子ども自身が持つ吃音になりやすい体質的な特徴)
発達的要因(身体・認知・言語・情緒が爆発的に発達する時期の影響)
環境要因(周囲の人との関係や生活上の出来事)
が、お互いに影響し合って発吃する。*体質的要因(遺伝的要因)の占める割合が8割程度という報告もある。

と、書かれています。
現時点では、まだわからないことが多いですが、吃音になりやすい体質で発吃し、発達性要因と環境要因によって、進展していくと考えるのが妥当でしょう。また、体質的要因(遺伝的要因)の占める割合が8割程度と聞くと、治らないと思ってしまうのも仕方ないと思います。
ただし、これは時系列で考えなければいけないと思います。つまり、体質的要因が多い時期と、発達性要因、環境要因で吃音が進展(悪化)した結果の時期とは、別に考えるべきです。
今のところ仮説ですが、幼児の吃音は、遺伝子の異常、脳の神経系の接触不良からくるものが大きいことは分かっています。つまり、体質的要因が大きいのです。
しかし、成人の吃音は、過去の経験に対しての心理的反応です。過去に吃音でいじめやからかいにあったときや、どもってはずかしい思いをしたときの刺激に対しての、条件反射として、吃音症状という反応が出ます。
つまり、幼児の吃音は体質的なもの、成人の吃音は心理的な要因が大きいと言え、その治療法も違ってきます。

一次吃音と二次吃音。

この表は、「第120回日本耳鼻咽喉科学会総会シンポジウム」吃音(どもり)の評価と対応 国立障害者リハビリテーションセンター森 浩一からの抜粋です。

1次吃音と2次吃音
発達性吃音は8歳頃を境に,幼児吃音(1次吃音)とそれ以降の吃音(2次吃音)に区別される14)(表3).1次吃音は,上述のように脳内の発話関連領域間のが不十分なために,長い単語や文の発話など,言語的負荷が高い状況,あるいは興奮やストレスによる認知・心理的負荷が高い状況で症状が出やすい.これを,「発話欲求にくらべて言語能力や遂行機能の発達が不十分なために,吃音が出やすくなる」と捉えられる(Demandsand Capacities Model : DCM).これに基づき,発話要求(負荷)を下げることで流暢性を増す治療も行われる.年齢とともに発話能力と,情緒反応をコントロールする能力やワーキングメモリの遂行機能等が発達し,幼児の吃音は,多くが発吃から3~4年までに自然治癒する1).3歳頃から非流暢性の自覚が出現し始めるが,幼児期には吃音による困り感はほとんどない。8歳頃には構音機能が完成し,発話運動が自動化するため,独り言など,認知負荷が低い状況では吃りにくくなる.しかし,脳内の脆弱性は残存しており,速い発話や不安・緊張などで認知負荷が上がると吃りやすい.さらに,人前で話す時に吃らないようにと苦手な音(特に語頭)を過度に意識し,力を入れるなど,間違った方法で発話をコントロールしようとしてかえって非流暢になったり症状を強めることがあり,さらに努力するという悪循環が生じ,習慣化する(2次吃音).(この論文からの抜粋)

幼児の場合は、発話能力がまだ未完成のため、長い単語や文の発話など,言語的負荷が高い状況ではどもりやすく、また、感情をコントロールできないため、言いたいことに対して、発話能力が追い付かず、どもってしまうことが多いのです。だから、単語を短くしたり、環境を改善したりして発話の負荷を下げるようにする指導が行われます。また、この段階では悩んでいないことも重要です。

成人に近くなってくると(この論文では8歳頃となっています)発話能力はほぼ完成し、心理的負荷のない状況(ひとり言、斉唱)などではどもらなくなります。しかし、心理的な悩みや、条件反射は残っていて、過去に嫌なことがあった場面(大勢の人の前で話す。電話をする。自己紹介で名前を言う。など)に再び出会うと、その時に起こった反応(吃音の症状)が思い出されて、同じ症状が繰り返されることになります。当然本人は悩んでいます

二次吃音はジストニアに近い。

この表の、「原因(仮説)」の欄で、一次吃音は遺伝子異常→神経系の接続不良→調音運動の困難。二次吃音は一次吃音に対する反応,もがき,不適切な対処,情緒反応,条件付けで獲得された行動,局所ジストニア,認知の偏り。と記されています。
この中で、局所ジストニアとありますが、私は成人の吃音は体質的なものよりも、ジストニアの要素が大きいと思います。
ジストニアとは、筋肉が異常に緊張してしまう病気で、よく知られているのが「眼瞼けいれん」「痙性斜頸」そして「書痙」です。
野球で球が投げられなくなってしまう「イップス」も、一部はジストニアだと言われています。
ジストニア自体も、体質的要因があると言われたり、様々な考え方があるので断定はできませんが、「書痙」は字がうまい人がなりやすいので、まわりからどう思われるか?を気にすると字が書けなくなる。吃音もまわりからどう思われるか?を気にすると話せなくなるところは同じだと思います。つまり、心理的要因なのです。書痙と吃音の関係については、こちらに書いています。

苦手な場面の違い。

同じく、表の「状況依存性」の欄では、一次吃音は「興奮・ストレス・認知負荷が高い状況で生じやすい.よく吃る時期とほとんど吃らない時期がある.状況との関連は薄いこともある」に対し、二次吃音では「歌,斉読,独り言ではほぼ吃らない.電話,発表,放送,自己紹介,言い換えできない言葉(固有名詞,あいさつ,数字,朗読)が困難.苦手な単語や音(個人差あり)があることが多い」と書かれています。ここも大きく違いますね。
心理的に説明すると、二次吃音では、過去の恥ずかしい思いや、困った場面を潜在意識が覚えており、その場面で過去のトラウマが湧き上がってくるから症状が出やすくなる、と考えられます。別の言い方をすれば、自分に対する評価を下げる恐れがある場面です。ひとり言では、たとえどもっても評価が下がりません。

治療の違い。

「主な治療法」の欄で、「環境調整」に関しては、一次も二次も大枠として、吃音を気にしない、からかわれないようにするという意味では共通しています。
「言語」に関しては、一次吃音は「オペラント治療(Lidcombe Program).ゆったりした発話の模倣.言語要求を下げる.リズムに合わせた話速低下」
二次吃音は「随意吃.斉読.スピーチ・シャドーイング.話速低下.吃音緩和法.流暢性形成法.遅延聴覚フィードバック(DAF)」となっています。
これは、一次吃音の場合はこの表の通りで有効で、リッカムプログラムや言語要求を下げるDCMなどは、有効性が比較的高いですし、よく行われています。

問題は、二次吃音での言語に対するアプローチで、これがなかなか難しいのが現状です。実は、この論文を書いた、森浩一先生と何度かメールで意見交換をしていますが、例えば流暢性形成法を練習しても、いざ人前で話す場面でうまく使える人と、使えない人に分かれるのだそうです。
うまく使える人は、その場面でも冷静に練習したことを再現できる人。使えない人は、頭が真っ白になってしまう人だそうです。
つまりこれは心理の問題です。心理的支援をしないで、言語訓練をしても効果は限定的なのです。

「認知・情緒」に関しては、一次吃音は「ワーキングメモリの遂行機能の発達を待つ.吃るかどうかにかかわらず受け入れ,健全な情緒発達を促す.過度の興奮を落ち着かせるようにする」二次吃音では「曝露療法,認知行動療法,グループ療法,ビデオ・セルフ・モデリング,カウンセリング,コーピング,マインドフルネス訓練.抗不安薬,抗うつ薬,β ブロッカー」となっています。太い字の部分が、心理的支援になります。これらの心理的支援を受けたかたがどれだけいらっしゃるでしょうか?問題は、もともと吃音の臨床家が少ないことに加えて、心理に詳しい人がさらに少ないことも問題です。言語聴覚士は基本的に心理の専門家ではないですし、耳鼻咽喉科の医師もそれは同じです。(一部で認知行動療法を行っている病院はありますが、絶対量が少ないです。)

まとめ。

幼児の吃音と、成人の吃音は別に考えた方がよい。
幼児の吃音は、遺伝子の異常、脳の神経系の接触不良からくるものが大きい。それに対して、成人の吃音は、過去の経験に対しての心理的反応が大きい。
それぞれ、原因、苦手な場面、治療法も違う。成人の吃音の治療は、心理的支援が有効。言語訓練も心理的支援と並行して行うのが良い。
問題は、吃音の臨床に携わる心理の専門家が少ないこと。となります。
個人的な意見ですが、吃音は治らないと言っている成人の人かたは、心理的支援は受けていらっしゃらないかたがほとんどです。
これは、研究が追い付いていないのかもしれませんが、研究者も一次吃音と二次吃音の本質的な違いを明確にして、適切な対処をしなければならないと思います。






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