吃音者はストレスが多い。

最近改めて感じていることですが、吃音者は周りや自分が思っている以上にストレスが多いのではないかと感じています。
それはなぜかと言うと、SNSなどの吃音者同士のやり取りや、考え方の違う人への対応などを見ていると、心の奥に抑圧されたものを感じるからです。
例えば、私が在籍していた改善派のグループのリーダーに、以前カミソリの刃の入った封筒が送られてきたことがあったそうです。
多分、吃音は改善すると言っているのが気に入らなかったのでしょう。
また、去年の吃音フェスティバルで、ある言語聴覚士が「吃音を治すなんてけしからん。」と当事者に言われた、とお話されていました。
これらの行動から見えてくるのは「自分の苦しみは誰も分かってくれない」という、社会への憎しみではないかと想像します。
確かに、吃音の苦しみは他者から分かりずらいものです。隠そうと思えば隠せる場合もあるし、いつでもどこでもどもるわけではない。
当事者でさえ、身体の障害なのか?心理的な障害なのか?分かっていない場合も多いし、そもそも障害なのか?といいう意見もあります。

そこで考えたのですが、フロイトの精神分析的に考えると、抑圧された過去の記憶が無意識から湧き上がってくることが原因かと言えるかもしれません。

(ダイコミュより https://www.direct-commu.com/shinri/)
この図の「無意識」の部分は、「本能的な欲求」「過去の記憶」「願望」などですが、現実の社会を生きるために「無視しておきたいもの」が詰まっていると言われています。つまり「抑圧されたもの」です。それが、何かの拍子に前意識に上がってくるのですが、抑圧がそのまま意識に上がってくると、いろいろと問題が起きますから、現実と欲望の折り合いをつけるために「防衛機制」というものが行われます。
例えば、「防衛機制」の中に「反動形成」というものがあります。これは、本来の欲求や、感情を反対の形で表すこと。好きな異性をからかったりすることもそうでしょうか。
本当は吃音を治したいのに、治さなくてもよいと言っているのは、もしかしたらこれかもしれません。

ただ、これは吃音者が悪いと言っているのではなく、それだけの抑圧されたものが積み重なっているのでは?と思うからです。
それは、言葉が思うように話せないから、それによって二次的な不安障害が起きるからだと思いますが、「自分の声で、言いたいことを言えない苦しさ」も大きいような気がします。
私は、今は吃音では悩んでいませんが、家でパートナーと話すときにストレスを感じるときがあります。
それは、頭の回転が遅く(笑)、気持ちを言語化するのも苦手な私に対して、パートナーは予測が早く、私が30%くらい話したところで理解するので、「もう分かったから話さなくていいよ」と言うことが多いのです。別に悪気があるわけでも、私を見下しているわけでもありません。単に時間がもったいないからそうしているようです。
ただ、話しを途中で遮られると、ものすごくストレスになるのですね。それは「言いたいことを自分の口で言えなかった」ストレスです。

人は、言いたいことをまず頭で考えて、それから話します。「話す」というプロセスは、身体を使って話すということです。
自分の身体で感じるから、自分の気持ちを自分が話している実感が湧くのだと思います。それを奪われてしまうからストレスなのですね。

これの逆が「傾聴」です。クライアントが、自分の気持ちを自分の身体を使って話すから、納得してスッキリするのです。

仏教の「お経」も同じことが言えます。
よく、書店で「○○経の解説本」みたいなものがありますが、お経の本を読んでも知識になるだけで、無意識の自分は変わりません。
仏教ではよく言われることですが、お経は声に出して読むことが大事なのです。
意味は分からなくてもよいから、とにかく声を出して読むこと。唱えること。これをすると、体感的に分かると言われています。

もう一つ、思い出した話があります。以前いたセルフヘルプグループの吃音を克服した先輩が仰っていたことです。
「もし、かつ丼を食べたいのに、どもるからとラーメンを頼んでしまったら、そのラーメンを床に投げつけるか、悔しくて泣きながら喰うべきである。自分に正直に生きなければ、吃音の克服など出来ない。」というのが、そのかたの考え方でした。
今から思えば、とてもよく分かります。吃音は、言葉が出ないことも苦しいですが、自分の本心や本音から外れたことをしてしまうことが多い。それは自分を大切にすることにならないし、傷つけることにもなります。
自分を傷つける人は、人も傷つけることがあります。もしかしたら、SNSで荒れるのは、こんな原因もあるのではないか?と思いました。

4月からは、合理的配慮が義務化されるようです。それは吃音者にとってとても良いことだと思いますが、「話したいのに話せない」ストレスは合理的配慮では解決しません。

今。SNSで吃音の改善に前向きなかたを集めて、コミュニティを作ろうと思っています。
興味のあるかたは、私までご連絡ください。

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