吃音は遺伝だから治らないのか?

(UnsplashSangharsh Lohakareが撮影した写真)


吃音の原因は7割は遺伝的要因と言われています。だから、吃音はもう治らないとあきらめている人も多いのではないでしょうか。
SNSでもそのような投稿を見かけますし、「遺伝だから」と言われれば、そう思うのも無理はないと思います。

ただ、それは体感的にピンとこないという人もいるし、実際治る人もいます。
吃音の原因となる遺伝子が見つかっているのは事実ですが、実際の症状と比較して実感がわかないところもあります。

私たちは学校で「遺伝子は変わらないもの」と教わってきました。
科学の世界でこれは常識だったわけですが、近年これが覆されることがおきています。
「遺伝子は後天的な影響で変化する」というのです。
この現象をエピジェネティクスといいます。

私がこのことを最初に知ったのは、3年前に無意識について書かれた、ある心理学の本を読んだ時でした。
東京大学の池谷裕二博士によれば「通常の遺伝子のほかに、もう一つの遺伝子がある」のだそうです。
遺伝子を構成する細胞の核を取り巻くタンパク質の膜が、環境や状況に反応し、都合のいいほうにふるまいを変えるというのです。
従来の生物学や遺伝子学では、遺伝子が影響を受けるのは、気温や地理や気象といった、物質レベルの環境にとどまっていました。
それが近年、人を動かしている文化やルールに反応して、遺伝子は勝手にふるまいを変えることが、最新遺伝子学の研究で分かってきたのです。

また、「Chatter 頭の中のひとりごと」という本に次のように書いてあります。
「どの授業でも教授たちは、遺伝子を環境の影響が混ざり合うことはないと教えた。生まれと育ちはあくまで別物だというのだ。これが長いあいだ広くうけいれられていた通念だった。ところが、ある日突然そうではなくなった。新たな研究によって、この方程式が真実とかけ離れていることが示されたのだ。ある特定の種類の遺伝子を持っていても、それが実際に作用するとは限らない。われわれをわれわれたらしめるものは、遺伝子が発現するか否かによっているのだ。
中略
カリフォルニア大学のスティーヴ・コールは、多くの研究の過程で、チャッター(頭のなかの独り言)が引き起こす慢性的な脅威を経験すると、人間の遺伝子の発現に影響が出ることを突き止めた。
中略
こうした現象がおこるのは、私たちの細胞が、慢性的な心理学的脅威の経験を身体的な攻撃を受けるのと同様の敵対的な状況であると直感的に解釈するからだ。」

つまり、近年の研究によって心理的要因が遺伝子に影響を与えることが分かってきたのです。

さらにマインドフルネスが遺伝子の発現の減少につながるとの研究結果も出ています。
「MBSR(マインドフルネスストレス軽減法)についての調査で、がん、心血管疾患、アルツハイマーなどの病気や炎症に関係している遺伝子の発現の減少が示された」(スタンフォード大学マインドフルネス教室より。)

勿論、私は遺伝子学の専門家ではありませんし、そこまで知識があるわけではありませんが、これらの情報をふまえると、少なくとも「遺伝子は変化するし、それには心理的要因も深く関わっている」ということになります。
問題は、吃音の場合がどうなのか?ですね。

そこで、何か論文はないか探していたところ「吃音発症における遺伝子のエピジェネティクス変化から考えられた吃音治療」という障害者支援研究の論文を見つけました。これは永田町の国立国会図書館に行かないと見られないので、昨日行って複写してきました。

この論文によると、「吃音以外の発達障害(自閉症スペクトラム障害、注意欠陥多動性障害)などの近年の増加傾向は、遺伝子変化では説明しずらいため、環境要因によるものと推察できる。特に、乳幼児期の成長環境がDNAのメチル化やヒストン修飾に代表されるエピジェネティクスな遺伝子発現環境調整因子の異常を引き起こし、発達障害の発症や重症化につながることが示唆されている。」のだそうです。
つまり、吃音はまだ分からないが吃音以外の発達障害では遺伝子ではなくエピジェネティクスによって、発症や重症化につながっているのではないか、ということですね。

吃音についてはさらに、「自然治癒する幼児と、吃音が習慣化した幼児違いについて、習慣化した幼児はからかわれたりいじめを経験したことが多い。」と述べています。
幼児期に吃音でからかわれ精神的苦痛を受けた子供は、吃音が治りにくいということですね。
そして「そのメカニズムをエピジェネティクス変化から考えると、エピジェネティクス変化はDNAの配列変化である遺伝子変異のような不可逆的な変化ではなく、DNAやヒストンタンパク質上のメチル基の着脱といった可変的なメカニズムであるため、一度発症した重度な神経症状の改善が可能であることが示されており、またこのような巧妙な遺伝子操作や治療を用いなくても、良い環境で育てるだけで神経症状をかなり回復させることができることが多数の研究者によって明らかにされてきた。したがって換言すれば、エピジェネティクス異常を原因とする疾患には潜在的な可逆性があり、遺伝子の回復可能性を利用した治療が可能であると言える。」と書いてあります。

要約すると、「不可逆的な変化ではなく、可変的なメカニズムであるため、一度発症した重度な神経症状の改善が可能であることが示されている」
「エピジェネティクス異常を原因とする疾患には潜在的な可逆性があり、遺伝子の回復可能性を利用した治療が可能であると言える。」
ということになります。

また、マインドフルネスがエピジェネティクスに良い作用をするのであれば、吃音の遺伝子の発現を抑える、またはすでに発現している遺伝的要因を回復させる可能性はあると思います。
(勿論、吃音に関係のある遺伝子とエピジェネティクスやマインドフルネスとの関係はまだ分かっていないはずです。また、変化しない遺伝子も存在するそうです。)

これは、あくまで私の仮説ですが、「吃音は遺伝的要因と環境的要因で発吃する。遺伝的要因がすべてではなく、心理的要因が大きく関わり、エピジェネティクス変化によって、発吃したりしなかったり、自然治癒したりする。マインドフルネスによって、心理的要因が改善すれば、エピジェネティクスは可変的なので、症状も改善したり治癒したりすることは可能。」となります。
多分、吃音の遺伝子も日々変化しているのだと思います。
ただ、私たちが「遺伝だから変化するはずはない」と思い込むと、その変化(吃音の症状)を見逃してしまいますから、思い込まずに、変化を感じ取る努力が必要です。

ただ、吃音は心理的要因だけで説明は出来ません。
やはり健常者と比較すると、脳に異常があるという研究も多いからです。
①脳のワーキングメモリーの割り当て方が健常者と異なる。
②発声時の声門下圧に関し、吃音者は発声が遅れる。したがって、強烈な加圧が発声の前に落ちてしまうなど、声門加圧が不安定。
③発話関連運動野とブローカー野や大脳基底核との接続神経線維減少がある。
④吃音者は流暢な発話においても喉頭に乱れがある。呼気にコントロール不全があり、呼吸関係の制御が遅れると非流暢性が生じる。

これらを考えると、単に緊張するからとか、癖になっているから吃音になるとは言えないと思います。

ただ、私が基準にしている考え方は「独り言ではどもらない」です。
いかに、脳に異常があったとしても、独り言では心理的負荷が少ないので、そこでどもらないのであれば、心理的要因が大きいと考えられます。
そして、どんな時でも独り言に近づけていけば、症状は軽くなると考えています。
その方法がマインドフルネスです。
なぜなら、前述したように「Chatter(頭のなかのひとりこと)」はマインドフルネスによって軽減されるからです。
「頭のなかのひとりごと」とは、ACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー)で言えば、「思考」や「マインド」
仏教で言えば「雑念」や「妄想」です。
マインドフルネスを組み込んだACTの論文で、吃音症状が軽減したと報告されているのは、多分マインドフルネスで思考が弱まり、遺伝子レベルで変化があったのかもしれません。
勿論、私の推測ですが、このジャンルでの研究がもっと進むとよいですね。

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