沈黙を聴くことに、吃音の改善のヒントがある。

以前「沈黙」についてブログを書きましたが、今日はあるマインドフルネスの動画をみていて、「沈黙」についての内容があったので、もう一度「沈黙」について書いてみます。


「沈黙を聴く」とはなんでしょうか?「沈黙」とは通常は音のない状態なので、聴くことは出来ないと思いますよね。
この場合の「沈黙」とは、音のない状態ではなく、他人や自分に対しても話をしていない状態です。
この動画では、ベトナム人僧侶でマインドフルネス提唱者の一人である、テック・ナット・ハンさんの沈黙に対する説明が引用されています。

「マインドフルネスの実践中は話をしないものです。外部との話だけではなく、内側でも話したりしません。内側で話すとは考えること。つまり、心の内側で延々と続く心の会話です。真の沈黙とは会話の停止です。(中略)これは私たちを抑圧する沈黙ではありません。それはたいへん優雅で力強い沈黙です。私たちを癒し、養う沈黙です。」

「話をする」とはACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー)で言う「思考」や「マインド」のことですね。頭の中の独り言です。

廣瀬カウンセリングで用いているテキストにも、このような文章があります。
「美しいものは諸君をだまらせます、美には人をちんもくさせる力があるのです。それが美の持つ、根本の力であり、根本の性質です。絵や音楽が本当にわかるということは、こういうちんもくの力にたえる経験をよく味わうことにほかなりません。」

これは小林秀雄の「美をもとめるこころ」の一節ですが、沈黙について的確に書かれています。
廣瀬先生は、マインドフルネスや仏教についてご存じなかったと思いますが、これに気づかれていたのは「直観」だったのでしょうか。40年も前に理屈でなく、「ここが大切だ」というこのに気づかれていたのは驚くべきことです。

「吃音」と「心のなかのおしゃべり」は、とて重要な繋がりがあります。
私自身吃音当事者ですが、今では日常で困ることがほとんどなくなりました。
社交不安も減りましたが、症状そのものがほとんど出なくなりました。
理由の一つは「吃音の観察」をしているからです。
私の場合は、予期不安もあるし、難発になりそうなこともまだあります。
しかし、難発が出そうになったときに「吃音の観察」をするようにしています。
具体的には「呼吸の観察」ですね。
難発の時は、必ず呼吸が止まりますから、そこをただ観察するだけです。
ところが、その「ただ観察」するのが難しいのですね。
大体「早く言わなきゃ」とか「どうしよう」とか考えるからです。
これが「心の中のおしゃべり」です。
このおしゃべりが消えた時に言葉は自然と出てきます。

簡単なようで難しいのですが、マインドフルネスは筋トレと同じで、鍛えれば鍛えるほど耐える力がついてくるのです。だから仏教では「修行」と言っていますね。

普段から正しくマインドフルネスのトレーニングをしていれば、吃音は改善すると思います。

今日見た動画です。良かったらご覧ください。


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