吃音の受容か改善か。

吃音を受容するのがいいのか、改善や克服を目指したほうがいいのか?
は意見の分かれるところですね。


現状は吃音の治療方法は確立していないので、受容する意見のほうが多いような気がします。
ただ、私自身の意見としては、これはどちらも矛盾しないので両方を平行して行っていくのがいいのではと考えています。
吃音を受け入れる=吃音が改善する。改善するとより吃音も受け入れやすい、という相乗効果です。

ただ、通常のカウンセリングやコーチングでは、なかなか受容=改善とはなりません。
受容のしかたにもいろいろあるからです。
最近主流になってきている認知行動療法も、
周りの反応などへの認知のひずみを修正し、より受容しやすくしていくものです。


確かにこれは有効ですし、私のカウンセリングで行う場合もあります。
ただ受容はしているけれども、吃音自体がもっと軽くなればなぁと思っている人も多いのではないでしょうか。
では、同じ受容でも改善につながる受容とはなんでしょうか?



それは、ありのままの自分を受け入れるということです。



吃音者の場合、ありのままを受け入れるということは、自分は吃音なんだと受け入れることです。
そして、吃音であることについて評価をしないことが大切です。
多くの吃音者は、吃音だから自分はダメだと考えてしまうのですね。
あるがままを受け入れるとは、吃音だからダメなのではなく、ただ吃音なんだで終わらせることです。
最初は難しいのですが、これができるようになると、吃音である自分の存在を肯定できるようになります。
ちなみに、これは吃音に限りません。
その人の心の在り方なので、むしろ吃音だけにこだわっていてはなかなかうまくいきません。

私の吃音カウンセリングの先生は「あなたたちは吃音者なのに、
どうして吃音者じゃないようにふるまうのですか?」とおっしゃっていました。
自分が自分ではないようにふるまうのって、本当はおかしなことですよね。
でも吃音者はそれが当たり前になっています。
自分はなんて変なことをしていたんだろう、とか余計なことをしていたな
と気づいた人は改善していきます。


そして、ここがすごく大事なのですが、
あるがままを受け入れることによって、内面が自然と変わってきます。
内側から良い方向へ変化するエネルギーが湧いてきます。
そしてそれが吃音を改善させる力(自然治癒力)となります。
私のカウンセリングのベースになっているのは、カール・ロジャーズの「来談者中心療法」という療法ですが、
ロジャーズは「奇妙な逆説だが、自分のありのままを受け入れたときに、
私は変わることができる」と言っています。

では、どうしたらありのままの自分を受け入れることが出来るのでしょうか?
それはまた次の機会に!

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