マインドフルネスは吃音改善に有効か?②

以前同じテーマで投稿しました。それからいろいろと勉強もしたし、カウンセリングに取り入れたり、考えが変わったところもあるので、第二弾として投稿します。

いつも結論から入ってしまいますが、吃音改善には有効です!
それは、前回の投稿よりも確信を持って言えます。

前回書いたように、マインドフルネスの2大要素は

アウェアネス(気づき)
外から入ってくる情報と自らの内部から湧いてくる情報、
いずれにも自由に注意を向けられる状態に近づいていく。

アクセプタンス(受容)
得られた情報に対し、批判したり先入観で決めつけたりせず、ありのままに受け止められるようになること。
となります。

私たちは普段見過ごしているものがたくさんあると思います。
例えば、いつも歩いている道端に咲いている花。
大体私たちは朝の通勤時、今日の仕事は、、、とか、昨日の会話は、、、とか、考えながら歩いていますね。
その時、道端の花は目の網膜には映っていますが、自分から意識して観てはいません。

つまり、目の前の今のことに気づかずに、意識が遠くに行ってしまっている時間は
自分がそこにいない状況で、「今、ここ」を生きていないことになります。

私達の心が「今、ここ」にいないとき、次の三つのどこかに行っています。
「過去」「未来」「空想の世界」です。
これらの三つの世界には現実が存在しません。
現実とは、今というこの時だけです。



例えば、吃音者にとっての「過去」を例に出してみましょう。
「過去」にどもって恥ずかしい思いをした。
それを何度も思い出して不快な思いをするのはよくあることですね。
しかし、過去の過ちを思い出す能力は悪いことだけではありません。
自分がまた間違ったことをしたり、失敗をするのを防ぐ能力でもあるからです。
ただ、皮肉なことに、不安でいっぱいの人は、最も恐れていた状況を自ら生み出してしまうことも多いのです。
それは、過去のことを思い出して後悔に浸っていると、今のことがおろそかになるからです。
今の瞬間にいることができなければ、うまく行動することが出来ず、恐れていた過ちを再び犯しやすくなります。

「未来」はどうでしょうか?
これも必要な能力です。行き当たりばったりにならないように、これからの計画を立てる能力ですね。
ところが、不安でいっぱいの人は、悪い未来を思い描いて心配します。
吃音者にとって、これは予期不安となります。

「空想の世界」は、クリエイティブな能力でもあります。
芸術や科学、文化はこの能力から生み出されます。
ただ、空想にふける逃げ道として使われることもあります。
よく、もし吃音がなかったら、、という話を聞きますが、これを想像しても現実は変わりません。

意識が「過去」「未来」「空想の世界」に行くことは、脳や思考のエネルギーを無駄に使うことになりますし、「今」の現実に戻るのに時間もかかってしまいます。
本来のエネルギーが使われるべきところに使われないので、脳や意識パフォーマンスが落ちてしまいます。
それは、意識が「納豆のようにねばねばしている状態」と同じです。
そしてこれは、カウンセリング初期によく見られる状態です。
話していても、ねばねばと考えていて言葉が浮かんでこないんですね。




逆にマインドフルな状態はどんな時でしょうか?
それは「対象を完全に意識していて、すべてが明らかに感じられる瞬間」です。
とても美しいものを観た時や、何かに感動した時です。
でも特別なものでなくても、日常でハッとすることがあるとしたら、それもマインドフルな状態です。
この時は、自分と世界がつながったような気がして、苦しみや満足を超越した状態になります。
これは、誰でも体験していることですが、一瞬なので忘れてしまうのです。
しかし、マインドフルネスを修練すると、それがある程度持続することが出来るようになります。
カウンセリング終結期になると、感じたことをパッと言えるようになります。

グループカウンセリングでも、さきほどの納豆のようなねばねばした状態では、誰も話さない状態が続きますが、マインドフルな状態になると、次々と会話がはずみます。
そして、思ってもみない方向に話が進み、メンバーに気づきが生まれます。

また、マインドフルネスは、心を鍛えてしなやかにします。
これは身体を鍛えるのと同じです。
然るべきトレーニングをすれば、様々な困難に出会っても、冷静で安定した心を持つことが出来ます。
例え、動揺したとしてもすぐに安定した心、集中した心に戻ることが出来ます。

さて、肝心の吃音の改善に有効か?についてですが、
今はマインドフルネスを組み込んだ、第三世代の認知行動療法が行われ始めています。
認知行動療法だけだと、吃音からくる二次的障害や社交不安は軽減されるのですが、
吃音自体の改善に有効性は見られないようです。
ところが、マインドフルネスを組み込むと吃音の軽減が期待されるそうです。
この場合、どう組み込むか?にもよると思うのですが、多分呼吸の瞑想やレーズンエクササイズなどを行うのではないでしょうか。
つまり、認知行動療法とマインドフルネスを平行して行うということですね。

それに対して、私のマインドフルネスの用い方は、吃音が出たときに直接マインドフルネス的に吃音の観察をするというものです。
つまり、吃音が出ている時に意識を過去や未来や空想ではなく、今自分に何がおこっているか?に集中し、ジャッジせずにどもっている自分のありのままを受け入れるということです。
これがきちんと出来るようになると、言葉は自然に出てきます。
もともと、吃音者はどもらずに言える能力を持っているからです。

ただ、いきなり吃音を観察するのは難しいですし、ジャッジせずに受け入れるもの難しいです。
なぜなら、吃音は嫌なもの、恥ずかしいものという記憶が脳にこびりついているからで
この「過去」の記憶が、「今」を感じることの邪魔になり、更に、観察しても受け入れることが難しいのです。

そのためには、マインドフルネスの練習が必要です。
私はクライアントさんに、普段からマインドフルにものを観察するように勧めています。
ひとつには「撮るマインドフルネス」。と言ってもスマホで写真を撮るだけなのですが、
何か特別なもの、珍しいものを撮るのではなく、普段の何気ないものを観察して、
何か感じた時に写真を撮るようにしてもらっています。
写真を撮る時は、まさしく「今」ですよね。
勿論、私自身も毎日実践しています。
例えば、こんな写真です。さきほど書いたように、道端の花にハッとして撮りました。



これを実践すると、自分がいかにまわりのものを観ていなかったか?に気づきます。
そして、日常の中に新しい発見があります。
毎日見ている「木」の緑に様々な色合いがあることに気がつくだけでも、素晴らしマインドフルネスの実践です。
また、季節によっても、木々が変化しますね。
そのように吃音も変化しているのです。いろんな表情があるはずです。
ただ単に「吃音」で片づけてしまうのは、様々な自然の木を「木」という言葉で片づけてしまうのと同じです。
実際、写真をよく撮る人は、心が豊かな印象がありますし、吃音も改善傾向にあると感じます。



また、食べる瞑想も有効です。
ほとんどの人は、食べる時に、何かを見ながらとか、考え事をしながら、
中にはスマホを見ながらと言う人もいるのではないでしょうか。
これも、「今」目の前のことに意識がない状態です。
禅のお坊さんは、たくあんを食べる時に、音を立てないで食べるそうです。
自ずからゆっくりと味わって食べることになります。
勿論、私語は禁止です。
生活がすべてマインドフルネスなんですね。

私のグループでは、こうやって普段からマインドフルネスの練習をして、グループカウンセリングに於いて気づいたことをシェアしあい、それから吃音の観察に入ります。

これは全く新しい試みなので、すでにある程度効果は出ていますが、また経過をお知らせしたいと思います。

前回の投稿で、智慧と慈悲について書くと言っていましたが、今回は書ききれなかったので、次回に書いてみよう思います。

それでは、また!次回をお楽しみに。










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