氷上のACT:金メダリスト・アリサ・リュウが教えてくれた「結果を手放す」美学

ミラノオリンピック、女子フィギュアスケート。金メダルを手にしたアリサ・リュウの姿は、多くの観客に「勝利」以上の衝撃を与えました。

彼女の滑りがなぜあんなにも自由で、私たちの心を打ったのか。その答えは、彼女が体現する**ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)**的な生き方にあります。


1. 「一度捨てたからこそ」見つかった真の価値

アリサ・リュウはかつて、過酷な練習とスケート中心の生活に限界を感じ、一度は引退を選びました。学業に専念し、一人の人間としての人生を歩もうとした彼女を氷の上に戻したのは、皮肉にも「競技」ではなく、友人との**スキー旅行で見出した「滑る楽しさ」**でした。

ここで彼女は、ACTでいうところの**「価値(Values)」**を再定義したのでしょう。

  • **「勝たねばならない」という「ルール」**からの解放
  • **「滑ることそのものへの喜び」**という「価値」への回帰

練習メニューも食事も、曲選びもすべて自分。彼女にとってスケートは、誰かに管理される義務ではなく、自律的な「体験の共有」へと変わったのです。


2. 心理的柔軟性の比較:アリサ・リュウ vs マリニン

アリサの成功と、プレッシャーに沈んだ他選手の対比を、ACTのフレームワークで整理しました。

比較項目アリサ・リュウ(価値に基づいた行動)マリニン(認知的フュージョン・回避)
行動の動機(価値)内的価値へのコミットメント
「滑る楽しさ」「人とのつながり」そのものが目的。
外的随伴性への囚われ
「期待に応えねば」という義務感。
目標の捉え方プロセスとボーナス
メダルは「価値に従った結果ついてくるボーナス」。
結果へのフュージョン
メダルが「自己肯定のための絶対条件」。
思考への態度アクセプタンス(受容)
ミスや悪い結果も「美しい物語の一部」と捉える。
体験的回避
不安やミスを排除しようと格闘し、飲み込まれる。
自己の捉え方文脈としての自己
「どんな結果でも、私の価値は変わらない」という柔軟な自己。
概念化された自己
「金メダル候補」「父の期待を背負う息子」という枠。
他者との関係自律的なつながり
他者は「体験を共有する大切な存在」。
評価的・随伴的な関係
「結果を出さないと得られない承認」。
パフォーマンスフロー状態
結果を手放しているため、今この瞬間に集中できる。
心理的硬直性
「失敗できない」という思考が身体を硬くする。

3. 「囚われ」が生む重圧:坂本花織とマリニンのケース

一方で、他の選手たちが直面した葛藤は、対照的な心理状態を示唆しています。

  • 坂本花織選手: 「一番良いメダルをコーチに見せたかった」という想い。それは純粋な愛着であると同時に、「最後だから」という思考が**認知的なフュージョン(囚われ)**を起こし、身体の硬さを生んだ可能性があります。
  • イリア・マリニン選手: 最も象徴的だったのは、ミスを連発した彼と、その後の父親(コーチ)の反応です。頭をかきむしる父親の姿は、マリニンが**「自分自身の価値」ではなく「外部(父親)の期待」**を背負って滑っていたことを物語っています。

マリニンが求めていたのは、結果への評価ではなく、ありのままを受け入れてくれる「慰め」でした。自分の価値を見失い、外部の評価に自己を委ねる時、パフォーマンスは脆く崩れ去ってしまいます。


4. 吃音臨床、そして私たちの人生へ

このアリサ・リュウの姿勢は、大学で心理学を学んでいる彼女自身の背景もあり、非常に示唆に富んでいます。これは、吃音の臨床においても極めて大切な観点です。

「流暢に話すこと(結果・メダル)」を唯一のゴールに設定しすぎると、かえって予期不安や回避が強まり、話すことの楽しさが失われてしまいます。

「ミスをしても、人とのつながりや共有した体験が失われるわけではない。悪い物語もまた、一つの美しい物語である」

アリサのこの言葉のように、「自分の思いを共有すること(価値)」に軸足を置いたとき、たとえ吃音(ミス)が生じても、その場にいる人との繋がりという物語は継続します。そして、結果としてリラックスし、「楽に話せる(ボーナス)」という瞬間が訪れるのです。


結びに:物語は、常に美しい

アリサ・リュウは、心理学の学生として「人生という物語」をメタ認知しています。

完璧な成功だけでなく、挫折も、一度の引退も、そして失敗さえも、彼女は「美しい物語」として受け入れています。

私たちは、メダルを獲るために生きているのではありません。

自分だけの価値に向かって、今この瞬間をどう彩るか。その物語を紡ぐ主導権を自分に取り戻したとき、私たちは誰しも、自分自身の人生の金メダリストになれるのかもしれません。


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